どんなおはなし?
1923年9月1日11時58分、関東大地震が発生した。そのわずか5日後の9月6日のこと。千葉県東葛飾郡福田村に住む自警団を含む100人以上の村人たちにより、利根川沿いで香川から訪れた薬売りの行商団15人の内、幼児や妊婦を含む9人が殺された。行商団は、讃岐弁で話していたことで朝鮮人と疑われ殺害されたのだ。逮捕されたのは自警団員8人。逮捕者は実刑になったものの、大正天皇の死去に関連する恩赦ですぐに釈放された…。これが100年の間、歴史の闇に葬られていた『福田村事件』だ。行き交う情報に惑わされ生存への不安や恐怖に煽られたとき、集団心理は加速し、群衆は暴走する。これは単なる過去の事件では終われない、今を生きる私たちの物語。(公式HPより)
時代は大正デモクラシー(大正時代に盛んになった民主主義的な思想や運動の総称。政治学者である吉野作造が唱えた「民本主義」を基本理念としており、一般民衆の生活向上を第一に考えたことが特徴)の風潮あるものの、政府はマスコミを抱え込み朝鮮人への批判を煽るような政策を行っていた。
そんな中、関東大震災が起こり、火事などの混乱の中「朝鮮人による報復が行われている」と流言が飛び交い、ますます疑心暗鬼に陥る国民たち。
福田村にも血気盛んな自警団が村を警備していた。
ある日、香川から来ていた行商人一向に、「話し方がおかしい、朝鮮人ではないか」と疑いをかけた自警団の1人から発生した疑惑が、村を混乱させ、ありえない事件が起こってしまう・・・
森監督は語る
450万年前に樹上から地上に降りてきた僕たちの祖先(ラミダス猿人)は、直立二足歩行を始めると同時に単独生活だったライフスタイルを集団生活へと変えた。つまり群れだ。なぜなら地上には天敵である大型肉食獣が多い。一人だと襲われたらひとたまりもない。でも集団なら天敵も簡単には襲ってこないし、迎撃できる可能性も高くなる。
こうしてヒトは群れる生きものになった。つまり社会性。だからこそこの地球でここまで繫栄した。でも群れには副作用がある。イワシやハトが典型だが、多くの個体がひとつの生きもののように動く。だってみんながてんでばらばらに動いていたら、群れは意味を失う。特に不安や恐怖を感じたとき、群れは同質であることを求めながら、異質なものを見つけて攻撃し排除しようとする。
この場合の異質は、極論すれば何でもよい。髪や肌の色。国籍。民族。信仰。そして言葉。多数派は少数派を標的とする。こうして虐殺や戦争が起きる。悪意などないままに。善人が善人を殺す。人類の歴史はこの過ちの繰り返しだ。だからこそ知らなくてはならない。凝視しなくてはならない。(公式HPより)
森達也監督といえば、『A』『A2』のオウム真理教のドキュメンタリーを思い浮かべますよね。潜入・・・というより公にオウムの内側へ入り込んだドキュメンタリー映像は本当にすごいものがありました。
そんなドキュメンタリーの雰囲気が、この映画でも後半、福田村の自警団と行商人との争いがまさに臨場感たっぷりに描かれています。
この争いでは、どんどんと膨らんでいく疑心暗鬼「やらなければやられる」という恐怖に取り憑かれた人々と「止めなければ取り返しのつかないことになる」という理性的な人々の思いが渦を巻き、一点が台風の目となって、ぐるぐると大きくなって「ああ、もう止められない・・・」という、その風に巻き込まれてしまう感覚が、本当にリアルです。
キャスティングについて
それぞれがとてもハマっていたと思いますが、印象的だったのはコムアイさんです。すごく雰囲気ある女性で映像に映えますね。
着物もよくって、色々な布合わせの地味な着物が逆にオシャレに見えてしまう。この時代のファッションって本当に可愛いです。衣装デザインも素晴らしい映画だと感じました。
永山瑛太さんも流石の存在感です。行商談のリーダーを瑛太さんが演じることで、見る者は行商団の人々を好意的に見ていて、余計のちに起こる惨劇には胸が痛くなるのです。
あと、この映画を見ると本当に嫌いになってしまいそうな役の水道橋博士!きらい!と思わせることに成功したのは役者さんの力量でしょうか笑
その他、井浦新、東出昌大、田中麗奈、柄本明などなど・・・豪華な俳優陣です。
後味は悪い、だけど・・・
とにかく後味は悪い映画です。見終わるとどーーーんとしてしまいますが、それ以上に熱い気持ちやエネルギーを感じる作品で、確実に私の年間ベストに入る作品となりました。
監督は「自衛」の本能が流言飛語によって集団心理として最高潮に高まった時、争いが起こってしまうとおっしゃっていますが、人間は本当にその過ちを何度も繰り返してしまう生き物ですね。
コロナが流行し始めた時も、アジア人への差別がひどかったし、ワクチンへの差別もありました。
なぜ集団で同じ気持ちを享受できないと差別の対象になってしまうのか恐ろしいことです。
この映画は朝鮮人を差別していた日本人という、目を背けたくなるような「負」の事実にあえてフォーカスし、世に問う、森監督の熱を感じる傑作でした。
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