どんなおはなし?
派遣社員として工場で働いているナガセは、ある日ふと職場に貼ってあるポスターに気が付く。
それは世界一周クルージング旅行のポスターで、費用は163万円。
自分の年収とほぼ同じだったこの金額を見て、自分の1年分の労働は世界一周に換算できるのではないか・・・という考えが大きくなり、とりあえず1年間、節約してお金を貯めようと決意する・・・・
芥川賞受賞作
『ポトスライムの舟』は、津村記久子さんの小説で、2009年の第140回芥川賞受賞作品です。
書評には、
「大きな夢を見ることができず、小さな夢をつないでいくしかないという現実をよくあらわしている。怒らず、いじけず、あきらめず、したたかに必死に日々を生きる姿が印象的に描かれていた」と評価している」
「難しい言葉は使われていないので、すっと読めますが、書かれていることは深い」
「地に足の着いた金銭感覚を持つ主人公が、工場で稼ぐことができる年収を世界一周旅行に交換するという計画によって、閉塞感からぬけだすところがいい」
「重苦しいはずの社会の底辺近くでのささやかな楽しみや悩み、時に不条理に、しかし結局は日常を受け入れていく心理描写はさわやかで、友達のためになけなしの貯金をなんとなく使ってしまうあたりは秀逸だ」
といった感想があり、どれも頷けます。
また、単行本の帯を飾った宮本輝さんの言葉も素敵でした。
つつましやかに生きている女性の、その時々のささやかな緑によって揺れ動く心が、清潔な文章で描かれていて、文学として普遍の力を持っている。 作家 宮本輝
津村記久子さんは、とにかくたくさん賞を受賞されている人気作家ですが、最近では2023年『水車小屋のネネ』で谷崎潤一郎賞を受賞されています。
感想
書評にもありますが、とにかく読みやすいです。純文学的な難しい漢字や言い回しもなく、素直に読み進めることができます。津村先生自身がおっしゃっていますが、段落が少ない文章なのでパッと見ると字ばかりですが、名前がカタカナ表記であることが、文章全体の字面のバランスを保っていて読みやすくなっています。
主人公のナガセの日常は工場と友人の喫茶店とパソコン教室と古い自宅というとても狭い世界ですが、世界一周のポスターを見つけることで、年収=世界一周ということを発見します。
その途端に読者も、その閉塞感から、大海原へと解放されるから不思議です。
そんな大海原をベースにしながら、ナガセの育てているポトスライムの水差しが広がっていく光景は、ささやかながらも進んでいる日常の光のように感じました。
また、たまに出てくる、ステレオフォニックスとか、ジョージ・クルーニーとキャサリン・ゼタ・ジョーンズとかの情報ワードも津村先生の趣味が垣間見え心くすぐられます。
何か、大きなことが起こるわけでもありませんが、登場人物に俯瞰からあたたかく寄り添い、ラストはなんだかとても清々しい気持ちになる作品でした!
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