この一冊『斜陽』没落貴族の陽の翳り

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この一冊

どんなおはなし?

戦後、華族制度廃止により生活の苦しくなった母とかず子は、生家を売り伊豆山荘に引っ越す。

「日本で最後の本当の貴婦人」とかず子の言う、優雅な母は、病気がちになりとこに伏せるようになってしまう。

そんな中、戦争に行っていた弟の直治が帰ってきたが、麻薬中毒にかかって退廃的であった。

学生の頃から文学に傾倒していた直治は、その頃から薬漬けで、結婚していたかず子にもよく無心していたのだった。

かず子は今では離婚していたが、あの頃のように麻薬や酒漬けで小説の師匠である上原のもとに入り浸る直治を家に呼び戻すため、東京に赴くと、実はかつて一度だけ口づけを交わしたことのある上原と再会する・・・かず子の上原への気持ちは「恋と革命に生きる」と思うほどに高まっていく。

斜陽は太田静子の日記がベース

以前ご紹介した『人間失格 太宰治と3人の女たち』で登場した太宰の愛人・太田静子

その静子の書いた日記を太宰が読んで惚れ込み、ほぼほぼベースとして書き上げたのがこの「斜陽」とのこと。また、太宰自身の生家も戦後土地を没収され傾き、まるでチェーホフの「桜の園」だ!という体験から、「斜陽」を書くに至ったようです。

心に残る「人間は、恋と革命のために生まれた」というフレーズも静子のもののようですね。

しかし、それを一つの物語としてドラマチックに書き上げたこと、文章の疾走感は太宰であるからこそだと思います。とにかく一気に読みたくなる小説で、当時大ベストセラーになったことも頷けます。

「桜桃」「人間失格」など男性が主人公の物語は、太宰自身の心情を感じ取ることができますが、今作の「斜陽」のように、女性が主人公の物語を読んでも、なぜ女心がわかるのかな?って思いましたが、静子の日記を読んでいてからなんだなと思いました。

女性にモテたという太宰ですから、いろんな女性の「女心」を観察して作品作りに活かしていたんでしょうね。

「皮膚と心」という小説も女性目線で書かれていますが、本当に見事な作品でした。

太宰の文章からは「疾走感」が感じられるので、速書きタイプの文豪と思っていましたが、自伝では遅筆と自ら語っており、また、辞書をよく引いて字に間違いがないかどうか入念にチェックしていたそう。じゃないと不安だったそうです。本当に意外。

あの、心の赴くまま、疾走する様に書いていたと思われる文章が、実はじっくりと確信を持って書かれていたと知ると、尊敬の念が深まりますね。

好きなフレーズ

どうしても、もう、生きておられないような心細さ。これが、あの、不安、とかいう感情なのであろうか、胸に苦しい浪が打ち寄せ、そうれはちょうど、夕立がすんだのちの空を、あわただしく白雲が次々と走って走りすぎて行くように、私の心臓をしめつけたり、ゆるめたり、私の脈は結滞して、呼吸が希薄になり、眼の先がもやもやと暗くなって、全身の力が、手の指の先からふっと抜けてしまう心地がして、編み物を続けてゆく事が出来なくなった。

今まで世間のおとなたちは、この革命と恋の二つを、最も愚かしく、忌まわしいものとして私たちに教え、戦争の前も戦争中も、私たちはその通りに思い込んでいたのだが、敗戦後、私たちは世間のおとなを信頼しなくなって、なんでもあのひとたちの言う事の反対のほうに本当の生きる道があるような気がして来て、革命も恋も、実はこの世で最もよくて、おいしい事で、あまりいい事だから、おとなのひとたちは意地わるく私たちに青い葡萄だと嘘ついて教えていたのに違いないと思うようになったのだ。私は確信したい。人間は恋と革命のために生まれて来たのだ。

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